いま在る幸せを数えてみる
今回は、僕が病院勤務をしていたころの内容です。その当時は脳神経外科医として放射線治療を専門としておりました。今も同じ想いで患者さんを診察しています。
「先生、まだ,右足の先がしびれています。そのため、杖がないと上手く歩けません。何とかなりませんか?」
60代、男性患者さんとの外来診察時のやりとりです。
その患者さんは3ヶ月前に脳腫瘍を治療するため他の病院から転院されてきました。
そのときは右足が全く動かず、車いすで移動するしかありませんでした。そして初めてお会いしたときにこのような質問を受けました。
「先生、この右足は動くようになりますか?」
私の病院で2泊3日の入院期間で放射線治療を受けて、元の病院へ転院されていきました。
そして、3ヶ月後に私の外来へ通院してきました。
なんと
“自分の足で歩いて”
杖は使っていましたが、予想以上の回復でとても驚いてしまいました
「〇〇さん、すごく良くなりましたね! 本当に驚きました! リハビリ頑張ったのですね!」
患者さんは笑顔になって、うれしそうでしたが、すぐに苦い顔をして、
「先生、まだ、右足の先がしびれています。そのため、杖がないと上手く歩けません。何とかなりませんか?」
と私に聞いてきたのです。
その患者さんの脳腫瘍は右足の感覚を司る部位(左頭頂葉の感覚野)にあって、その症状はしばらく続くことが予想されました。
ただMRI検査の結果では直径4cmの大きな脳腫瘍は直径1cmにまで、誰が見ても分かるほど小さくなっていました。
私は検査結果の画像を見せながら
「○○さん、治療して3ヶ月で、こんなに縮小するなんてめったにないことなのですよ。大変良く効いていますね。良かったですね。」
驚きを交えながら、そう説明しました。そして
「まだ、これからも小さくなりますので、足の調子はだんだん良くなっていくと思いますよ」
と付け加えました。
「でもね先生、この足のしびれが何とかならないと、思うように歩けないし、それから車の運転ができないのですよ。」
と険しい顔つきのまま、そう話していました。(聞けば、車は仕事ではなく、遊びに出かけるのに運転したいとのことでした。)
私はもう一度、MRI検査結果を示しながら、ことばを変えて説明をしました。
「治療後3ヶ月で、こんなに小さくなっています。私の予想以上です。そのため右足は動くようになって杖を使いながらですが、歩けるようになりましたね。まだ、これからも縮小していきますので、足のしびれもだんだん良くなっていくことでしょう。」
患者さんは納得されない様子でした。
しびれに効くと言われている薬はすでに内服していましたので、私が追加する薬はありませんでした。おそらく、いますぐに足のしびれを改善させる何かがあったら良かったのかもしれません。
さて、このような
「もっと良くなりたい」
「以前のような健康な体に戻りたい」
という患者さんの願望からのやりとりはときどきあります。
そして、もしかするとこのように希望を叶えられない場合の方が多いかもしれません。
ただ、私はいつも思うことがあって、
できることなら
“今、すでに在る幸せを感じてほしい”
ということです。
“動かなかった足”が
“動くようになった”
そして
“車いすが必要な自分”から
“歩ける自分になった”
その喜びや幸せを忘れないでほしいのです。
これは老子の言葉で
「足るを知る」
と同じことなのかもしれません。
そして
“人は、いま在る幸せを数えてみると、その瞬間から幸せになれる。”
誰の言葉か忘れてしまいましたが、私の記憶に強く残っているのです。
そして、これを患者さんに、伝えていきたいと思っています。
さて、あなたには、今、いくつの幸せがありますか?
たまには数えてみるのも良いかもしれませんね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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